岩內線
岩內線(日語:岩内線/いわないせん Iwanai sen */?)曾經是一條由日本國有鐵道(國鐵)營運的鐵路線(地方交通線)。此線由日本北海道岩內郡共和町的小澤站自函館本線分岔,連結同郡岩內町的岩內站 (日本)。根據1980年(昭和55年)實施的國鐵再建法)獲指定為第1次特定地方交通線,1985年(昭和60年)7月1日廢除。
岩內線 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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日語原名 | 岩内線 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
假名 | いわないせん | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
羅馬字 | Iwanai sen | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
概覽 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
營運範圍 | 日本北海道 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
目前狀況 | 廢線 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
起點站 | 小澤站 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
終點站 | 岩內站 (日本) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
技術數據 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
路線長度 | 14.9公里 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
正線數目 | 單線 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
車站數目 | 6個 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
軌距 | 1,067毫米 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
最小曲線半徑 | 300公尺 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
最大坡度 | 12.5 ‰ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
電氣化方式 | 非電氣化 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
營運資訊 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
開通營運 | 1912年11月1日 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
廢除年份 | 1985年7月1日 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
擁有者 | 日本國有鐵道 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
營運者 | 日本國有鐵道 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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路線資料
歷史
岩內線原本以連接岩內和函館本線為目的,根據輕便鐵道法於1912年作為岩內輕便線開業。岩內擁有鯡魚捕撈產業繁榮,同時面向日本海的良港,其沿線亦有茅沼煤礦和產銅的國富礦山,因而岩內線一時依靠海產品、煤炭和礦石運輸而繁榮。然而,隨着鯡魚捕撈的衰退、礦山的關閉、巴士和公路運輸的發展以及沿線道路的修繕,岩內線的客貨運輸量大幅減少,並於1968年(昭和43年)被指定為赤字83線之一。1980年,隨着日本國有鐵道經營再建促進特別措置法(國鐵再建法)的頒佈被指定為第1次特定地方交通線,於1985年7月1日廢止,轉換為巴士路線。
前史(岩內馬車鐵道)
- 1905年(明治38年)7月14日:小澤 - 岩內作為岩內馬車鐵道開通。同北海道鐵道(今函館本線)開始進行聯絡運輸[1]。
- 1909年(明治42年)5月:為向政府請願鋪設鐵路,岩內鐵道期成同盟會成立[2]。
- 1910年(明治43年)7月10日:鐵道院向岩內町發佈作為鋪設條件的土地提供的通牒[2]。
- 1912年(明治45年)5月11日:岩內馬車鐵道廢除。
岩內輕便線→岩內線
- 1912年(大正元年)11月1日:小澤站 - 岩內站 (14.9 km) 作為岩內輕便線開業[3]。新設前田站、岩內站[4]。
- 1913年(大正2年)9月21日:新設國富站[4]。
- 1919年(大正8年)12月5日:新設幌似站[4]。
- 1922年(大正11年)9月2日:改名為岩內線[3]。
- 1949年(昭和24年)6月1日:隨日本國有鐵道法施行,移交至日本國有鐵道(國鐵)。
- 1963年(昭和38年)10月1日:新設西前田站[4]。
- 1972年(昭和47年)12月24日:岩內線(岩內 - 黑松內)的開工取得認可,日本鐵道建設公團舉行了起工式[3],但之後計劃中止。
- 1973年(昭和48年)10月:廢除蒸汽機車的運行[5]。
- 1981年(昭和56年)9月18日:被指定為第1次特定地方交通線。
- 1984年(昭和59年)2月1日:全線 (14.9 km) 貨物營業廢除[6]。
- 1985年(昭和60年)7月1日:全線廢除 (14.9 km)[6]。轉換至二世古巴士[6][7]。
未成區間(黑松內 - 岩內)
原本該線路是瀨棚 - 壽都 - 岩內 - 然別的鐵路鋪設運動的結果,並有一部分區間被批准建設間。此外,在太平洋戰爭後,由於函館本線的陡坡和彎道,作為旁路的「後志國黑松內至岩內附近鐵道」被納入於1953年(昭和28年)8月1日公佈施行的《鐵道敷設法等部分改正法律》。
1957年(昭和32年)4月3日,該線被納入調查線,並於1964年(昭和39年)6月25日升格為工事線,同時黑松內 - 湯別區間預定利用於1968年(昭和43年)廢除的壽都鐵道的路基。該線於1965年(昭和40年)開始進行現場實地測量[8],並於同年10月1日舉辦了由地方主辦的開工儀式[9]。1972年(昭和47年)12月24日,儘管工程得到了認可着工,但僅對岩內站附近的部分用地進行了收購[10],之後工程便中止[11]。如若岩內線全通,函館 - 札幌之間相較於經由函館本線能夠縮短10km的距離,相較於室蘭本線和千歲線能夠縮短44km的距離[8][9]。 鐵建公團原計劃將其配備適用於運行時速100km以上的列車的最新設施[9],其最高坡度為10‰,最小曲線半徑為800m[12],總事業費為103億日元[12]。
1972年(昭和47年)10月24日,工程被批准[13]。為完成此項目,需要10年的工期和約100億日元的工程費用[13]。在工程批准後的25日,岩內町等沿線8個町村事先向國鐵和鐵建公團提交了開業後的虧損金額全部由沿線負擔的字據。這是地方自治體首次提出援助國鐵。運輸省以該字據作為事實上的保證書,因而以履行同自治體的約定為由,儘管當時國鐵的赤字額不斷攀升,但仍然批准了新線建設[14]。
然而另一方面,自治省對這一破例行為提出了異議,並認為這一對國鐵的補助不應當得到認可。根據地方財政再建促進特別措置法,地方團體禁止對國家、國鐵、公社、公團捐款,而墊付無法律、政令為根據的支出亦為違法行為。如若默許對國鐵的支援行為,必然會令其它線區遭到波及,在事實上構成了違法,因而意圖阻止[14]。
之後,自治省要求北海道就這一事件對其事實關係進行調查。批准了新線開工的運輸大臣佐佐木秀世表示:「由於同當地形成了約定,所以批准了(新線建設)。我確信今後各町村將各自在議會上(就是否承擔虧損)做出正式決定。如若有悖於約定,我方亦有可能不發出工程命令。」並且,岩內線建設促進期成會的字據儘管以期成會董事的名義簽署,但其本身由區別地方自治體的任意團體構成,因此並不觸犯地方財政再建促進特別措置法。關於如何處理虧損負擔的問題,在線路完工尚且遙遙無期的情況下討論這一話題為時尚早,到那時再避免觸犯法律即可[15]。
未成區間全長43.915km,經過雷電海岸和壽都鐵道的廢線跡,並在中途設置了第3雷電隧道 (5232m)、第2雷電隧道 (580m)、刀掛隧道 (3160m)、尻別隧道 (605m) 、第2種前隧道(560m)等數個長隧道[16][11]。
計劃設置的車站[11]
岩內站 - 敷島內站 - 雷電站 - 港町站 - 磯谷站 - 美谷站 - 歌棄站 - 湯別站 - 中之川站 - 黑松內車站
車站列表
所在地以廢除時為準。所有車站都位於北海道。
中文站名 | 日文站名 | 英文站名 | 站間距離 | 營業距離 | 接續路線 | 所在地 | |
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小澤[17] | 小沢 | Kozawa | - | 0.0 | 日本國有鐵道:函館本線 | 岩內郡共和町 | |
國富[17] | 国富 | Kunitomi | 2.5 | 2.5 | |||
幌似[17] | 幌似 | Horoni | 3.5 | 6.0 | |||
前田[17] | 前田 | Maeda | 3.0 | 9.0 | |||
西前田[17] | 西前田 | Nishi-Maeda | 3.1 | 12.1 | |||
岩內[17] | 岩内 | Iwanai | 2.8 | 14.9 | 岩內郡岩內町 |
並行道路
- 北海道道266號大成黑松內停車場線
- 北海道壽都郡黑松內町字黑松內(JR北海道黑松內站) - 北海道壽都郡黑松內町黑松內(北海道道266號大成黑松內停車場線交點
- 北海道道523號美川黑松內線
- 北海道壽都郡黑松內町黒松內(北海道道266號大成黑松內停車場線交點) - 北海道島牧郡島牧村美川(國道229號交點)
- 國道229號
- 北海道島牧郡島牧村美川(北海道道523號美川黒松內線) - 國道276號・北海道道270號岩內港線:岩內郡岩內町大浜(壁坂交點)
參考資料
- ^ 岩內町史 1966年(昭和41年)11月発行、P382。
- ^ 2.0 2.1 岩內港一班 1911年(明治44年)7月 勝見貫一郎 編集・発行、P38-40。
- ^ 3.0 3.1 3.2 『北海道鉄道百年史 下巻』1981年3月 日本國有鉄道北海道総局 編集・発行、第5編資料/1年表。
- ^ 4.0 4.1 4.2 4.3 『北海道鉄道百年史 下巻』P765 。
- ^ 「國鉄蒸気線區別最終運転日一覧」『Rail Magazine 日本の蒸気機関車』1994年1月號増刊
- ^ 6.0 6.1 6.2 『停車場変遷大事典 國鉄・JR編 I』1998年10月 JTB編集・発行、P245。
- ^ 北海道運輸局 『北海道における鉄道廃止代替バス追跡調査 調査報告書(概要版) 平成21年3月』[失效連結](PDF) P2,3。
- ^ 8.0 8.1 10月に地元着工式 国鉄岩内線 認可、明るい見通し. 北海道新聞. 1969-06-30.
- ^ 9.0 9.1 9.2 10月に地元着工式 国鉄岩内線 認可、明るい見通し. 北海道新聞. 1969-06-30.
- ^ 岩内線の着工認可. 北海道新聞. 1972-10-25.
- ^ 11.0 11.1 11.2 寶島社『全國未成線ガイド 知られざる鉄道路線』(草町義和 監修 2016年)p.88 - 89
- ^ 12.0 12.1 新線建設の概要. 日本鉄道建設公団. 1970.
- ^ 13.0 13.1 岩内線の着工認可. 北海道新聞. 1972-10-25.
- ^ 14.0 14.1 新設岩内線 赤字は地元負担 沿線8町村が“一札” 運輸省の認可 約束履行条件に 自治省 法違反、認めぬ意向. 北海道新聞. 1972-10-26.
- ^ 自治省 道に調査指示 岩内新線の赤字地元負担問題 運輸省は「約束守らせる」. 北海道新聞 朝刊. 1972-10-27.
- ^ 岩內線建設促進期成會関係資料
- ^ 17.0 17.1 17.2 17.3 17.4 17.5 『停車場変遷大事典 國鉄・JR編 II』1998年10月 JTB編集・発行、P845。